輸血不可の「エホバの証人」信者による裁判、名古屋市立大学でも 東部医療センターで前立腺がん手術拒否
宗教団体「エホバの証人」信者の名古屋市の男性が、輸血を受け入れないことを理由に前立腺がんの手術を拒否されたのは差別的だとして、同市立大に330万円の慰謝料を求め、名古屋地裁に提訴していたことが分かった。1月23日付。同種訴訟は滋賀県内の信者女性が大津地裁に起こしている。
意味不明です。誰かが焚き付けて訴訟をさせているのでしょうがこれはさすがに反感を買うだけでなんのメリットもないでしょう。
本来であれば教会側が「私たちは医療従事者に無理を強いていることは承知しているので輸血をしないで治療することででた不利益はすべて被りますし、それで訴訟することはありません」くらいは言うべきところです。しかしそれを「医療従事者が差別した!訴訟だ!」となるのはおかしいでしょう。
そもそも手術室に入る段階ですべての患者に輸血の同意書をもらっている病院が多いと思います。どれだけ輸血の可能性がなくとも侵襲を加えているので何かが起こる可能性はあります。白内障の手術で緊張のあまり心停止した例なども報告があります。そうなれば輸血の可能性はあります。
そして今までの裁判はそういったときは「予見できたのに対策しなかった医療従事者が悪い」という判決がほとんどだったわけです。慎重になるのは当たり前です。
これが例えば「私は宗教上の理由ですべての放射線を受けることができません」であればこの人たちの訴訟がおかしいのはわかるでしょう。放射線を受けれないならレントゲンもCTもできませんね。評価ができないので治療できません。となるとおもいますがそれを差別だ!と言っているわけです。意味がわかりません。
同様の理由で「私は宗教上の理由で男性医療従事者と接触することができません。女性医師、女性看護師でないと無理です」もおかしな話だとわかるでしょう。そのような要求をする自由はありますが、そのような体制がなければ「当院での治療はできません」となるだけです。これもまた「外国人差別だ!」という人がいます。
応招義務を盾に医療従事者に無理強いをするのはできません。信頼関係を築けない患者の治療はお断りしてもいいとはっきりと示されています。
診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される。
希望を言うのは自由です。でもその希望が理不尽なものである場合は診療をお断りできます。
でもこの手の訴訟ではたいてい患者さんに寄り添った()判決がでます。どうなるか注視していきましょう。

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